京都あすなろ教室

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高校中退者コース

京都あすなろ教室では、この十年間で、何人もの高校中退者の大学受験をサポートしてきました。
近年目立つのは、いわゆる「一流」と呼ばれるような高校を中退した女子と男子です。
中退の理由はさまざまですが、もともと高い学力を有しながらも、「何かがうまく行かなくて」道を外れてしまった彼らの受験を京都あすなろ教室は手伝ってきました。
結論から書きます。
高校を中退したって大丈夫。ちゃんと努力すれば、行きたい大学に行ける――。
高認試験を通って、一般入試で受かればいい。それだけです。
(ここで読むのをやめてもらっても、特に問題はありませんが、続けます。)

私の教え子の中には、京大、早稲田、明治、中央法学部、同志社などの名門大学へ進んだ者がいます。
その一例であるT君が高校中退者でした。彼の話を少しさせてください。
T君は小学校の高学年から七年間に及ぶ不登校(五月雨登校の時期もあった)を経て、高校2年の終わりに京都あすなろ教室に入塾しました(その直後に在籍していた高校を中退。T君が在籍していた高校は、平均的な高校です。特別な進学校ではありません)。そして次の冬(つまり、その一年後に)早稲田大学法学部に現役合格しました。『ビリギャル』どころではありません。フィクションのような話ですが、正真正銘の実話です。五十嵐(立命館大経営学部)、梅田(京大文学部)、真柳(京大法学部)、西川(京大経済学部)という四人の講師、そして私がT君を担当しました。
何もここで「昔の栄光」を自慢気に語りたいわけではありません。これを読んでくださっている人に伝えたいのは、「ちゃんと努力すれば、ちゃんとした結果が出ますよ」ということです。諦める必要はどこにもありません。

もちろん、みんながみんな、T君のような華々しい結果を出せるわけではありません。ネット依存症を克服できず、勉強にまったく集中できないまま、受験した大学に全敗してしまった男子などもいました。とても悔しい思い出です。
先述のT君には自宅で問題行動を起こす悪習があったので(夜になると、暴れだしたりした。お父さんと凄絶な喧嘩を繰り広げることもしばしばでした)、親御さんと相談した結果、約2ヶ月に渡って私の家に住まわせたりもしました。おかしな向精神薬を精神科で処方されて服用していたので、彼の通院と服薬を私はまずやめさせました(ちなみにT君の父上は大きな総合病院の外科医です)。以来、みるみる彼の心身のコンディションは好転していきました。
そして夏頃には問題行動も収まり、気力も充実。そこからのT君の努力量は凄まじいものでした。講師たちもよく頑張りました。ご両親のサポートも涙ぐましいものでした。
本人の強い動機と努力、親御さんの本気のサポート、そして私たちのスキルとタクティクスが見事に融合した一例が、そのT君の早稲田現役合格です。

もう一度、繰り返します。
ちゃんと努力すれば、ちゃんとした結果が出ます。
「高校を中退してしまった。もう終わりだ……」という絶望は不要です。「私は(僕は)名門高校に受かったんだ(結果は中退しちゃったけど)」などといったつまらないプライドも不要。
必要なのは、自分が高校を中退したという現実をまっすぐに受け容れて、その現実と対峙することです。

高校中退者コースの流れとしては、大学受験の前に「高卒認定試験(高認試験)」を受験することになるので、その対策を行います。
ちなみに言えば、高認試験の難易度はとても低いです。なので、恐れる必要はまったくありません。
その高認試験に合格して大学受験資格を得たら、あとは(前述したように)つまらない絶望とくだらないプライドを捨て去り、「今、ここ」と向き合うだけです。

経験値の高い講師陣が徹底サポートします。
「高校を辞めた私(僕)なんて、どうせ、ろくな大学に行けやしない……」「小学生の時も中学生の時も、成績は平均以下だった。そんな自分が一流大学なんて無理……」といったダサい劣等感、自己憐憫は捨ててください。そんなしみったれた思いを巡らせて過去に悪酔いする時間があるならば、英単語や漢字や数学の公式をひとつでもふたつでも暗記することです。

「大きなことを成し遂げる唯一の方法は、小さな努力を積み重ねること」
メジャーリーグの歴史を塗り替えたイチローさんの言葉です。
この箴言が真実です。大学受験にも見事に当てはまります。
小さな努力をこつこつと積み上げていきましょう。そして、「今、ここ」だけに集中すること。必要なのはそれだけです。
高校中退でも、道はまったくもって閉ざされてはいません。東大や京大といった上位国立、早慶、上智、同志社といった名門私立、あるいは「自分が本当に行きたい大学」へ向かって、リアルな努力をはじめましょう。そのサポートは、京都あすなろ教室にお任せください。


高校生コース

中学までの不登校児は、私の知る限り、一日すら登校せずとも「進級」はできますし、「卒業」も叶います。
が、高校で不登校に陥ると、とたんに「進級」が危うくなります。同時に「卒業」も難しくなります。学校によっては、(不登校の期間が一定期間を越えると)先生から暗に「退学」や「転校(主に通信制高校への転校)」を勧められたりもするようです。
もしかすると、これを読んでくださっているのは、現在、高校に通っていない高校生自身でしょうか。それとも、その親御さんでしょうか。
どちらにせよ、今この時、行き場のない、光の見えない、とても苦しい状況に立たされている人がこの拙文を読んでくれていると信じて、私はこの先の文章を書き進めます。

「もう自分の(こどもの)人生は終わった……」
そんな自暴自棄な思いに囚われている人だって、もしかするといるかも知れませんね。もうダメだ、と……。
そういう人たちに私がまず言いたいのは、
「何も終わってなんかない。というより、はじまってすらいない」
ということです。
今の「どん底」としか言いようのない状況をまずは冷静なこころで受け止める。そして、この逆境を「チャンス」と考えて、はじまりの一歩を踏み出してみませんか――?

近年、いわゆる「名門」と呼ばれるような偏差値の高い高校を中退してうちの教室の門を叩くこどもが増えてきました。うちの教室に限って言えば、2013年頃からその兆しが現れました。2018年頃からはいっそうその傾向に拍車がかかった印象があります(言わずもがな、これは私が私の教室を通して覚える個人的な印象です。他の学習塾のことは知りません)。
「自分(のこども)はかつて勉強が得意だった……。☓☓高校(中学)に合格するくらい勉強ができたんだ」
という「昔の自分(のこども)」を根拠としたプライド。
「なのに、どうしてこんなことになっちゃったんだ……」
という焦りと恥ずかしさ。自己嫌悪と罪悪感。
それらが掛け算となって、こころの中をネガティブな感情で覆い尽くしてしまっているようなこども(その親御さん)を私は何人も――本当に何人も――見てきました。
「昔の自分」に悪酔いし、愚にもつかぬプライドをぶら下げて、そのくせ「今」は何も努力しない。そればかりか、親や家族に当たり散らして、家の中では「王様(王女)」として「君臨」してしまっている不登校児。そしてそんな我が子を恐れて(腫れ物に触るように接して)いかなる我儘にも屈従する――そんな、実に歪(いびつ)な親子関係もたくさんこの目で見てきました。

まず、こう考えてみませんか。
「うしろには何もない」
過去は変えられません。振り返っても、うしろには夢も希望も転がっていません。
では、未来に思いを馳せるのか? 違います。先のことを考えるのも、いったん、やめましょう。
それよりも、まず「今、ここ」を見つめましょう。今日のこの時間、この場所にいる自分。それがすべての現実です。
その現実を静かに受け容れた上で、「高校へ行っていない高校生」には考えてみてほしいのです。
「自分にとって、勉強って本当に必要なのか? 大学(受験)って自分の人生に必要なのだろうか?」
フラットなこころで考えてみてほしいのです。
もしも、
「勉強以外にやりたいことがある!」
本心からそう断言できるなら、「その道」へ進むべきです。
この世の中に「学歴不問」「学力不問」の仕事なんて、いくらでもあります。万人に受験勉強が必要だとは私は露も思いません。人は、自分が好きなことをして生きるべきだ、と思っていますので……。

が、もしも、です。
「高校へは戻れないけど、大学には行きたいんだ……」
という願いを抱いている「高校へ行けなくなった高校生」には、こう言いたいです。
高校は辞めちゃっても、大学へは行けるよ、と。
いたってシンプルな話です。高卒認定試験(高認試験)に合格すれば、大学受験資格は得られます。そして大学の一般入試で合格すれば、晴れて大学生になることは可能です。ちなみに言うと、高認試験の難易度は低いです。

ここでひとつ断りを入れておきたいことが在ります。
私は、
「高校なんか辞めちゃえ。高認試験を通って大学に行けばいいじゃないか」
と言いたいのではありません。まったく違います。
可能ならば、高校へ戻ったほうがいい、と考えています。
なぜ、復学する方がいいと考えるのか?
それは、「高校は勉強するためだけの場所ではないから」です。
友を作ること、その友と喧嘩して仲直りすること。仲間と善い思い出を作ること、あるいは悔しい思い出を共有すること。尊敬できる先生に出会うこと、または軽蔑するしかないオトナ(反面教師)に出会うこと。部活動での躍動と挫折。生徒会その他、いろいろな活動で感じる悲喜こもごも。たのしいこと。うざいこと。……いろいろ味わえるのが高校という場所であり、「いろいろな経験」がその人間に「人としての深み」を与えるのは言うまでもないことなので、だからこそ、高校へは「本当は行った(戻った)方がいい」と私は考えています。

が、しかし、「どうしても高校に戻りたくない」という高校生とその親御さんには、こう言います。
「別に辞めていいと思いますよ。大学へ行きたいなら、高認試験があります」
と。

京都あすなろ教室は、「高校へ通えない高校生」のリアルな味方になりたいと考えています。
復学を目指すもよし。苦渋の決断の末に高校に見切りをつけて「高認試験からの大学」を志すのもよし。他にやりたいことが在るなら、その世界へ飛び込むもよし。選択肢はたくさんあります。
私が言いたいのは、「人生は簡単に終わらない」ということに尽きるのかも知れません。
「終わった。もうダメだ」などと悲嘆に暮れる暇と「元気」があるのなら、これまでとは違う物語を、まったく新しい物語をはじめてみませんか。
一回きりの人生を謳歌するために、です。


中学生コース

2010年の開塾以来、京都あすなろ教室でたくさんの中学生が学んでくれました。
今、この拙文を読んでくださっているのは、学校に行っていない中学生自身でしょうか。それとも、その親御さんでしょうか。
そのどちらであれ、こうお考えではありませんか?
「不登校児は、普通科の高校へ行けない。道は、通信制や定時制しかないんじゃないか……」
と。
まず、これだけは最初に断言しておきます。
不登校児でも普通科の高校へ行けます。

私がこう断言すると、こんな声が飛んでくるかも知れません。
「普通科の高校って言っても、『最底辺の高校』じゃないの?」
偏差値の高い順に上から高校名を並べて、そのピラミッドのボトムに位置する学校を「最底辺」などと呼んで軽侮するような実に愚劣な(差別)思想には辟易しますが、その問題はいったん脇へ置きましょう。私はこう言います。
やり方次第では、難関校にだって行けます――。

実際にうちで起こった例をお話させてください。
2016年、夏、A君という中3男子が入塾してきました。
A君は、中2の春頃から学校へ行けなくなりました。入塾した時点での不登校歴は約一年半。結局、その不登校は卒業まで続きました。ちなみに言えば彼の通知表は「ほぼオール1」でした。内申書が大きくものを言う高校入試においては「絶望的な数字」と言えます。
ですが、次の3つの要素があれば、その「絶望」は「希望」へと変わります。
その三要素とは?
「本人が努力すること」
「親御さんが動くこと」
「第三者(A君の場合は私でした)が学校との橋渡し役となって、高校サイドと真摯に交渉すること」
三要素を重要な順に並べました。
A君は夏に入塾したものの、秋頃にはスランプに陥り、「不登校」ならぬ「不登塾」の状態になりました。私は、A君を担当した梅田(京大文学部)や西川(京大経済学部)をつれて(教室へ来ない)彼の自宅を訪ねたりもしました。A君はいくら私たちが声をかけてもベッドから起き上がってきませんでした(この時のA君の状態を精確に表現する国語力を私は持ちません。敢えて言えば、死んでいるように生きていました)。A君のお母さんの涙を私は何度見たことでしょう。
が、冬に、ある私立高校の入試担当の先生(後にその高校の教頭先生になられました)の温かいご協力をいただきました。私はA君のお母さんと一緒にその高校を何度も訪ねました。周囲の熱情が届いたのか、当のA君もようやく覚醒。先述の二人の講師に加えて、成瀬(京大工学部)にも徹底的に勉強を鍛えられたA君は京都の某私立高の特進コースに合格しました。まさに「付け焼き刃」的な猛特訓でした。大学入試に付け焼き刃は通用しませんが、高校入試では有効です。

まず、不登校児本人が立ち上がる。それを親御さんが物心両面においてサポートする。そして、場合によっては、受験に精通した人間が学校との交渉などを買って出る。
もう一度、念のために繰り返します。
不登校児であれ、普通科の(しかも上位の)高校に行けます。やり方次第では。

十年前の開塾時、私は「不登校児の復学」を最大の目標として掲げていました。
無論、今も復学は目標のひとつです。が、「最大の」ではありません。「唯一の」でもありません。
実際に私が接した不登校の中学生の大半は「復学」を望んでいませんでした。親御さんは復学を望んでいる場合が多いですが、それでも学年が上がるにつれ(中学卒業が近づくにつれ)、「復学よりも(中学卒業後の)進路」へ関心事をシフトさせます。
私もこの十年で己の考えを改めました。
今は、「復学できるに越したことはないが、それよりも卒業後の進路を切り拓くこと」との考えに至っています。付け加えるなら、復学するにしても「どのような状態で復学するか」が非常に重要です(この点は開塾時から変わりません。「ただ(学校へ)戻る」ではなく「よい状態で戻ること」が大切です)。

改めて整理します。
京都あすなろ教室では、中学生ならば、まず第一に「高校進学」を考えます。それも通信制や定時制ではなく、「普通科の高校」をターゲットとします。
「不登校をしていたから、どうせ高いレベルの高校になんか行けない」という諦めは不要です。
「内申書不問」を公言している私立の名門高校も存在します(※内申書は不要だが、副申書は要るというような学校もあります)。

「挑戦しない理由」を探すより、「挑戦する理由」を見つけましょう。
それが見つかったらなら、あとはコツコツと努力することだけです。
結果はもちろん大切です。が、結果よりも大切なのは経緯。言わずもがなです。経緯を充実させたら、自ずと結果はついてきますし、受験の合否という結果以上に大きい副産物――人としての成長と進化――はプロセスの中にしかありません。

京都あすなろ教室は、不登校で悩む中学生が光の射す方へ向かっていくその道程を徹底サポートします。

最後にひとつ付記しますと、上述のA君は今春(2020年)、同志社大学に現役合格しました。そして、我が京都あすなろ教室の講師陣に加わりました――。


小学生コース

京都あすなろ教室でも近年、小学生の入塾が増えてきました。数年前には(2010年の)開塾以来初めて小学一年生のこどもがうちの講師たちと学びました。
この教室を立ち上げたときには、小学一年生を相手にすることはイメージしていませんでした。が、今後、不登校の小学生は増えていくだろうと肌身で感じています。

では、京都あすなろ教室は、小学生に対してどんな取り組みを行うのか。それを説明します。

まず第一に「復学」を目標とします。
特に低学年、中学年のこどもには、「学校へ戻ること」を優先的に考えたいと思います。
なぜなら、幼い段階で学校というシステムから完全に離脱し、その生活が長く続いてしまった場合、後に(たとえば中学校へ上がる段階になって)「学校へ戻ろう」と決心して実行したとしても、学校というシステムが持つ「ありとあらゆるルールや常識」に順応することが難しくなるだろう、との思いからです。
昨今、ルールよりも「個性」を重んじる親御さんも多くいらっしゃいます。もちろん、どんな思想を持つのも自由です。が、私はルールという制限(不自由)にも柔らかく対応しながら何物にも縛られない自由を謳歌してみせる「しなやかさ」を教え子には獲得してほしいと望んでいます。
算数や国語などの主要科目だけでなく、「美術」の授業も積極的に組んで、絵画や粘土細工に取り組みます。そこで集中力や創造力を養いながら、絵を描き、ものを作ることの難しさと楽しさ、そして人(講師)とコミュニケーションを取ることの喜びを学んでいただきます。(※美術の講義は京都精華大学芸術学部造形学科に在籍する女子講師が担当します)。


高学年のこどもに対しては、「復学」を常に視野に入れつつ、「中学入学へ向けた準備」に主眼を置きます。
「もう小学校は行かなくていいじゃん。中学から、ちゃんとやれば」という浅薄な話ではありません。
が、現実的に「中学の授業に耐えられる基礎学力」を身につけることは重要です。「平均レベル」の学力を目指すのではなく、「勉強を得意」にするのが目標となります。勉強に対して自信がつけば、中学入学(登校)へのモチベーションも必然的に上がります。
そして、勉学面と同じか、もしくはそれ以上に重要なのは「中学入学へ向けた、柔らかなメンタル作り」だと考えます。
講師たちとの豊かなコミュニケーションを通して、こどもの長所を伸ばすと同時に、その先の長い人生で何をするにも必要な持久力や集中力の獲得を目指したいと考えています。

小学校の勉強自体は範囲も広くなく、難易度も高くありません。なので、短期間であれども真剣に集中して打ち込めば、勉強面の取り返しはいくらでもききます。
ですが、同年代のこどもたちと(学校という独特の場で)接することのない時間が余りにも長くなってしまうと、仮に中学校で同世代に「合流」したとしても、順応するのがたいへんだと思われます。
ゆえに、上述したとおり、基本的には「復学」を目標とします。
が、「単に学校へ戻ればいい」のではなく、「心身の健康と学力の充実」を引っさげての復学を目指します。

無論、こどもには個人差があり、すべてのこどもにとっての「最善手」「万能薬」のようなものはありません(あるなら、文科省が今すぐにでも発表すべきです)。だから「ケースバイケース」での対応(個別のカリキュラム)となるのは言を俟ちません。
が、「基本的な姿勢」としては、「中学年までは復学を目指す」、「高学年は中学への準備を重視する」というのが京都あすなろ教室の小学生コースのスタンスです。

なお、ときどき、高学年のお子さんをお持ちの親御さんから「うちの子を、おたくの京大生たちに特訓してもらいたい。そして有名中学へ受からせたい」というようなリクエストを受けます。
そういう親御さんの一部は(全員が、とは言いません)、「こどもの人生を自分でコントロールしたい」と考えておられるように感じます。あるいは、「学歴がないと、人生での成功は得られない」というような考え(私に言わせると、実に浅はかな誤謬)をお持ちの方も少なくありません。
もちろん、どんな敎育観、人生観を持つのも自由です。が、当のこどもよりも親のほうが血眼になっているようにも映る「お受験」的な奇っ怪な競争には「参戦」しない、というのが私の譲れない哲理です。
東京の私立中学受験事情などを見聞すると、正直辟易します。「小学生にそんなに無理やり勉強を押しつけなくてもいいんちゃうん?」と言いたくなります。
「(親に)やらされる勉強」には限界があります。自らの内側から湧き起こる動機を基点とする勉強でなければ長続きはしませんし、(親が)望むような高みに到達するのも難しいでしょう。自分が一度でも勉強に真摯に打ち込んだ経験があるなら、そんなことはわかるはずなのですが、こどもに勉強を押しつける親はいつの時代も一定数いますね……。もちろん、主体的に勉強している小学生もいるんでしょうけど、それはマイノリティーに思われ……。
というわけで、京都あすなろ教室では「難関私立中学受験」目的での入塾は基本的にはお断りしています。
しかし、「不登校を続けているが、中学校からはちゃんと通いたい。でも今の家から通える公立中学校だと、小学校の同級生がたくさんいるので、通いづらい。だから、私立中学を受験したい」というような場合、つまり「親が主役!」的な「お受験」ではない(本人の意思をど真ん中に据えた)受験のお手伝いならば、喜んでさせていただきます。


神戸・大阪市内の不登校児向け家庭教師サービス

神戸・大阪市内の不登校児向け家庭教師サービス開始!

現在、神戸大学医学部医学科に在籍している講師(西川)が、ご家庭まで伺って、家庭教師を行います。
「三宮駅から公共の交通機関を使って片道一時間以内」で通えるお家にお住まいの方を対象とさせていただきます。「神戸・大阪の」と表記していますが、この条件なら西宮市や尼崎市にお住まいの方でも条件に当てはまることがあると思います。
「1時間をほんの少しオーバーするなぁ……」というような方もお気軽にご相談ください。
正規の授業料に加えて「三宮からの交通費実費」をいただくことになりますので、その点だけ予めご了承ください。


【講師・西川について】
西川は京都大学経済学部を卒業し、某大手メーカーに就職。が、ビジネスマン生活を始めた数カ月後の夏、医学部受験を決意しました。以後はビジネスマンとして勤務しながら(一ヶ月間のアメリカ出張などもこなしながら)受験勉強に励みました。勤務の前後や休日を使って受験対策に勤しみ、その年の冬、無事、第一志望の神戸大学医学部医学科に合格しました。
西川は京都大学に在籍していた四年間、京都あすなろ教室で講師として働いれくれました。たくさんの生徒を担当し、「行き詰まったこども」を光の射す方向へ導きました。
手前味噌になりますが、本当に本当に優秀な若者です。高い学力と指導力、優しくきれいな心根、そして豊かな経験を併せ持つ講師が西川という男なのです――。