京都あすなろ教室

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高校中退者コース

京都あすなろ教室では、2010年の開塾以来、幾人もの高校中退者の大学受験をサポートしてきました。
結論から書きます。
高校を中退したって大丈夫。問題ない。今、ここから、ちゃんと努力すれば、行きたい大学にちゃんと行ける――。
高認試験を通って、一般入試で受かればいい。それだけです。
(ここで読むのをやめてもらっても、特に問題はありませんが、続けます。)

私の教え子の中には、京大、早稲田、明治、中央法学部、同志社などの名門大学へ進んだ者がいます。
その一例であるT君が高校中退者でした。彼の話を少しさせてください。
T君は小学校の高学年から七年間に及ぶ不登校(五月雨登校の時期もあった)を経て、高校2年の終わりに京都あすなろ教室に入塾しました(その直後に在籍していた高校を中退。T君が在籍していた高校は、平均的な高校です。特別な進学校ではありません)。そして次の冬(つまり、その一年後に)早稲田大学法学部に現役合格しました。『ビリギャル』どころではありません。フィクションのような話ですが、正真正銘の実話です。五十嵐(立命館大経営学部)、梅田(京大文学部)、真柳(京大法学部)、西川(京大経済学部)という四人の講師、そして私がT君を担当しました。
何もここで「昔の栄光」を自慢気に語りたいわけではありません。これを読んでくださっている人に伝えたいのは、「ちゃんと努力すれば、ちゃんとした結果が出ますよ」ということです。諦める必要はないことを伝えるために昔話をさせてもらってます。
T君には自宅で問題行動を起こす悪習があったので(夜になると、暴れだしたりした。お父さんと凄絶な喧嘩を繰り広げることもしばしばでした)、親御さんと相談した結果、約2ヶ月に渡って私の家に住まわせたりもしました。おかしな向精神薬を精神科で処方されて服用していたので、彼の通院と服薬を私はまずやめさせました(ちなみにT君の父上は大きな総合病院の外科医でした)。以来、みるみる彼の心身のコンディションは好転していきました。
そして夏頃には問題行動も収まり、気力も充実。そこからのT君の努力量は凄まじいものでした。講師たちもよく頑張りました。ご両親のサポートも涙ぐましいものでした。
本人の強い動機と努力、親御さんの本気のサポート、そして私たちのスキルとタクティクスが見事に融合した一例が、そのT君の早稲田現役合格です。

もう一度、繰り返します。
ちゃんと努力すれば、ちゃんとした結果が出ます。
「高校を中退してしまった。もう終わりだ……」という絶望は不要です。「私は(僕は)名門高校に受かったんだ(結果は中退しちゃったけど)」などといったつまらないプライドも要りません。
必要なのは、自分が高校を中退したという現実をまっすぐに受け容れて、その現実とまっすぐに対峙することです。

高校中退者コースの流れとしては、大学受験の前に「高卒認定試験(高認試験)」を受験することになるので、その対策を行います。
ちなみに言えば、高認試験の難易度はとても低いです。なので、恐れる必要はまったくありません。
その高認試験に合格して大学受験資格を得たら、あとは(前述したように)つまらない絶望とくだらないプライドを捨て去り、「今、ここ」と向き合うだけです。

経験値の高い講師陣が徹底サポートします。
「高校を辞めた私(僕)なんて、どうせ、ろくな大学に行けやしない……」「小学生の時も中学生の時も、成績は平均以下だった。そんな自分が一流大学なんて無理……」といった劣等感や自己憐憫は捨ててください。そんなしみったれた思いを巡らせて過去に悪酔いする時間があるならば、英単語や漢字や数学の公式をひとつでもふたつでも暗記することです。

「大きなことを成し遂げる唯一の方法は、小さな努力を積み重ねること」
メジャーリーグの歴史を塗り替えたイチローさんの言葉です。
この箴言が真実です。大学受験にも見事に当てはまります。
小さな努力をこつこつと積み上げていきましょう。そして、「今、ここ」だけに集中すること。必要なのはそれだけです。
高校中退でも、道はまったくもって閉ざされてはいません。東大や京大といった上位国立、早慶、上智、同志社といった名門私立、あるいは「自分が本当に行きたい大学」へ向かって、リアルな努力をはじめましょう。そのサポートは、京都あすなろ教室にお任せください。

高校生コース

中学までの不登校児は、私の知る限り、一日すら登校せずとも「進級」はできますし、「卒業」も叶います。
が、高校で不登校に陥ると、とたんに「進級」が危うくなります。同時に「卒業」も難しくなります。学校によっては、(不登校の期間が一定期間を越えると)学校サイドから暗に「退学」や「転校(主に通信制高校への転校)」を勧められたりもするようです。
もしかすると、これを読んでくださっているのは、現在、高校に通っていない高校生自身でしょうか。それとも、その親御さんでしょうか。
どちらにせよ、今この時、行き場のない、光の見えない、とても苦しい状況に立たされている人がこの拙文を読んでくれていると信じて、私はこの先の文章を書き進めます。

「もう自分の(こどもの)人生は終わった……」
そんな自暴自棄な思いに囚われている人だって、もしかするといるかも知れませんね。もうダメだ、と絶望している人もいるかも知れません……。
そういう人たちに私がまず言いたいのは、
「何も終わってなんかない。というより、まだ、はじまってすらいない」
ということです。
今の「どん底」としか言いようのない状況をまずは冷静に受け止める。そして、この苦境を「チャンス」と考えて、はじまりの一歩を踏み出してみませんか――?

近年、いわゆる「名門」と呼ばれるような偏差値の高い高校を中退してうちの教室の門を叩くこどもが増えてきました。うちの教室に限って言えば、2013年頃からその兆しが現れました。2018年頃からはいっそうその傾向に拍車がかかった印象があります。
「自分(のこども)はかつて勉強が得意だった……。☓☓高校(中学)に合格するくらい勉強ができたんだ」
という「昔」を根拠としたプライド。
「なのに、どうしてこんなことになっちゃったんだ……」
という焦りと恥ずかしさ。自己嫌悪と罪悪感。
それらが掛け算となって、心の中をネガティブな感情で覆い尽くしてしまっているようなこども(その親御さん)を私は何人も――本当に何人も――見てきました。
「昔の自分」に悪酔いし、愚にもつかぬプライドをぶら下げて、そのくせ「今」は何も努力しない。そればかりか、親や家族に当たり散らして、家の中では「王様(王女)」として「君臨」してしまっている不登校児。そしてそんな我が子を親御さんが恐れて(腫れ物に触るように接して)いかなる我儘にも屈従する――そんな歪(いびつ)な親子関係もたくさんこの目で見てきました。

まず、こう考えてみませんか。
「うしろには夢も希望もない」
と。
過去は変えられません。振り返っても――どれだけそれが輝かしかろうとも――人間は後ろ向きに生きられません。
では、未来に思いを馳せるのか? 違います。先のことを考えるのも、いったん、やめましょう。
それよりも、まず「今、ここ」を見つめましょう。今の、この時間、この場所にいる自分。それが現実のすべてです。
その現実を静かに受け容れた上で、「高校へ行っていない高校生」には考えてみてほしいのです。
「自分にとって、勉強って本当に必要なのか? 大学(受験)って自分の人生に必要なのだろうか?」
もしも、
「勉強以外にやりたいことがある!」
本心からそう断言できるなら、「その道」へ進むべきです。
この世の中に「学歴不問」「学力不問」の仕事なんて、いくらでもあります。万人に受験勉強が必要だとは私は露も思いません。人は、自分が好きなことをして生きるべきだ、と思っていますので……。
が、もしも、です。
「高校へは戻れないけど、大学には行きたいんだ……」
という願いを抱いているのなら、こう言いたいです。
高校は辞めちゃっても、大学へは行けますよ、と。
いたってシンプルな話です。高卒認定試験(高認試験)に合格すれば、大学受験資格は得られます。そして大学の一般入試で合格すれば、晴れて大学生になることは可能です。

ここでひとつ断りを入れておきたいことがあります。
私は、
「高校なんか辞めちゃえ。高認試験を通って大学に行けばいいじゃないか」
と言いたいのではありません。まったく違います。
可能ならば、高校へ戻ったほうがいい、と考えています。
なぜ、復学する方がいいと考えるのか?
それは、「高校は勉強するためだけの場所ではないから」です。
友を作ること、その友と喧嘩して仲直りすること。仲間と善い思い出を作ること、あるいは悔しい思い出を共有すること。尊敬できる先生に出会うこと、または軽蔑するしかないオトナ(反面教師)に出会うこと。部活動での躍動と挫折。生徒会その他、いろいろな活動で感じる悲喜こもごも。たのしいこと。うざいこと。……いろいろ味わえるのが高校という場所であり、「いろいろな経験」がその人間に「人としての深み」を与えるのは言うまでもないことなので、だからこそ、高校へは「本当は行った(戻った)方がいい」と私は考えています。
が、「どうしても高校に戻りたくない」という高校生とその親御さんには、こう言います。
「別に辞めていいと思いますよ。大学へ行きたいなら、高認試験があります。そして、自分が『行きたい』と心から思える大学へ行きましょうよ」
と。

京都あすなろ教室は、「高校へ通えない高校生」のリアルな味方になりたいと考えています。
復学を目指すもよし。苦渋の決断の末に高校に見切りをつけて「高認試験からの大学」を志すのもよし。他にやりたいことがあるなら、その世界へ飛び込むもよし。選択肢はたくさんあります。
私が言いたいのは、「人生は簡単に終わらない」ということに尽きます。
「終わった。もうダメだ」などと悲嘆に暮れる暇があるのなら、これまでとは違う物語を、まったく新しい物語をはじめてみませんか。
その名前とその顔で生きる、たった一回きりの人生を謳歌するために、です。

中学生コース

2010年の開塾以来、たくさんの不登校中学生を見てきました。
学校へ行かない(行けない)中学生の多くは、「これ!」という唯一無二の理由があって、学校へ行かないわけではありません。
体調のこと、勉強のこと、対人関係(家庭でのそれを含む)……いろんな、小さな要素が縦に横に斜めに錯綜した結果として「学校へ行けない状態」になっています。
なんとなく始まった不登校がなんとなく続いている……そういうケースが本当に多い。うちに限って言えば、「ほとんどがそれ」です。

思うに、13、4年生きてきて、疲れたんだと思います。
大人でもありませんか? ひとつの仕事を5年、10年と続けていて、ふと、
「疲れたなぁ」
みたいなことが。
少なくとも私にはあります。人生ってものに疲れることが、ときどき、ある。
ま、私のことはいいとして、です。
たぶん、中学生もそんな感じなんじゃないか、と最近特に思うようになりました。
単にちょっと疲れただけなんだよ、と。ひと休みしたいと思って何がダメなんだ、と。全くダメじゃないですよね。

「ここではない何処か」へ行こうにも、中学生にできることは限られています。これが高校生なら、「世に出る(職に就く)」という選択肢だって、ある。
でも、中学生には、それができない。
「学校に戻ろうよ」とか「勉強を頑張ろう」と誰かに言われても、学校へ行く意味、勉強する目的がわからない。わからない、というより、自分には、それが無い。

繰り返しますが、小さなファクターが重層的に折り重なった結果としての不登校です。ある種、実に自然なことだと私は思います。休みたいなら、休めばいいのです。
でも、
「学校へ行かないと、この先の人生、どうなるねん」
という「問題」は残ります。
中卒という学歴で、特筆すべき能力や天性の「何か」を持たぬ者がどうやってこの世知辛い社会を渡っていくのか? と。
「休む」のはいいとしても、「何もしない生活を大人になるまでダラダラと続ける」わけにはいかない。
そこで、です。
不登校中学生の周囲の大人がやるべきことは、たったひとつです。
「高校進学年に子どもが進む道を用意すること」
これだけです。
高校進学年と書きましたが、もちろん、就職でもアルバイトでも構わない。
が、現実問題として、なかなか不登校中学生が就職したりハードにアルバイトで働くのは難しいですよね。
だから、高校となる。
高校にもいろいろあります。
通信制高校も増えてきた。というか、めっちゃ増えてます。玉石混淆ですが。
普通の全日制高校でも不登校児を受け入れてくれる学校はたくさんあります。
いくつもの選択肢の中から、こどもと一緒になっておとなも「どの道がいいか?」を考える。
ただ、あらかじめ言っておきますが、
「さあ、進路を考えよう!」
と親が前向きなことを言ったって、不登校児は簡単には乗ってきません。
「うざいんだよ……」
そう一蹴されるのがオチでしょう。
それでも諦めずに、親がイニシアティブをしっかりと取って「選択肢」をひとつ、ふたつと提示していくこと。
なかなか話し合いにすら乗ってこない我が子に対して、「どうしてうちの子はこんなに無気力なんだ……」という絶望感が募ることもあるかも知れない。ややもすれば、「しんどいのは、こっちだよ!」と叫びたくなる衝動もこみあげてくるでしょう。それらを抑えながら、諦めずに、選択肢を提示していくのです。
そうすれば、どこかのタイミングで、こどもも重い腰を上げて、話し合いのテーブルに乗ってくる。だって、「自分の人生、どうなるねん……このままじゃ、ダメやん……」と本人が誰よりも強く思ってるわけですから。
が、「すぐには」乗ってこないものです。それを織り込み済みで、選択肢を、「道」を粘り強く示していくこと。そこは、諦めずに頑張って欲しいです。
いちばんつらいのはお母さん(お父さん)ですよ。でも、その「つらさ」は子どもに直接ぶちまけず、辛抱強く選択肢を提示していけば、必ず、「風」が吹いてきますから。
そうして、やがて方向が決まったら、その方角へ進むためには何が必要かを洗い出す。
たとえばその道へ進むために必要な学力があるなら、その学力をつける努力を始める。小さな努力を継続する。
そうやって、リアルな努力を継続的に積み重ねたら、自然と道は拓けてきます。

復学するか、しないか?
勉強するか、しないか?
中学卒業後、「どっち」の方向へ向かいたいか?
今、できること(できないこと)は何か?

さまざまな「?」の答えを一緒に見つけていきましょう。
ゆっくりやればいいと思います。
まだ中学生。焦る必要は、ない。
明るい気持ちで、「これから自分(のこども)が歩む道」を探し、見つけていきましょう。

小学生コース

京都あすなろ教室では、2025年の秋より小学生の不登校児の受け入れを再開しました。
小学生の受け入れを再開した理由は主にふたつです。
近年、小学生の不登校児の親御さんからの相談件数が著しく増えていること。
今年に入って、(他塾の講師、あるいは家庭教師として)小学生への指導経験が豊かな講師たちが指導チームに加わってくれたこと。

「小学生の不登校児」と言っても、六年生と低学年の不登校児では「目指すもの」「やるべきこと」が大きく異なってきます。
教室と親御さんで丁寧に話し合いながら、そのこどもにとっての最善のシナリオを作り、(とはいえ、物事はシナリオ通りに運ぶとは限りませんから)その都度、臨機応変に現実に対応して、復学の準備、学力の回復・向上を進めていきましょう。
また、たとえば6年生ならば、復学という目標はいっそ棚に上げて、その先にある「中学入学後の生活」を見据えたスケジュール、カリキュラム等も必要になってくるかと思われます。
いつも申し上げていることですが、十人の不登校児がいれば、十通りの最善手があるはずです。
「その子にとって、何が必要(当面は不要)なのか?」
「今、どの程度のことならば、実現できるのか?」
それを一緒に探りながら、慎重に事を進めていきましょう。

「小学校にさえ行けないなんて、この先、この子の将来はいったいどうなってしまうのか……」
暗い想像を巡らせてしまう親御さんもいらっしゃるでしょう。
しかし、まだ小学校ゆえに勉強面での遅れは(たとえば高校の不登校などと較べると)取り戻しやすい。小学生だからこそ、目先の進路ではなく、長期的な計画が立てられる。……そうした強みもあるはずです。
必ず解決策はあります。それを一緒に模索していきましょう。